社長の仕事
「社長業というのは、つまるところ金勘定ですから」と自嘲気味に語ったのは、重厚長大企業グループの基幹企業を率いた元社長だった。企業人のキャリア開発のあれこれを話題にしていて、キャリアゴールとしての社長に話が及んだときに、彼が最初に口にした言葉である。だから社長業なんてつまらない、と言えるのはそれをこなしてきた自負の裏返しで、戦略も戦術もその成否が金勘定の巧拙に左右されるのは経営の常識だろう。
別の会社の現役社長は、競争に勝つ策を出し続けることが社長の仕事だと言った。IT業界で独立系企業として成長続け確固たるポジショニングを得た経営者ならでは言葉で、その言葉の裏側には、勝つための力を磨く不断の自己研鑽を日々自身に課しているという自負がある。彼は、先見力、分析力、構想力を鍛える独自の「脳のトレーニング」を毎日行っているのだった。
経営とは、端的に言えば「競争と金」である。そのバランスは、規模や歴史や市場ポジショニングによって異なるだろうが、「競争と金」を両にらみしてひとり最終判断をするのが社長の日常業務である。金勘定には、投資判断や資金調達から日日の経費状況検証まで、「木を見て、森を見て」、「過去を解釈し、未来を展望する」全方位的な計数センスが必要である。競争には、市場内での競争のみならず「ファイブフォース」との闘いや社会に対する提供価値の差別化という意味で、やはり全方位的な競争を勝ちぬく胆力(=意思と信念と知力)がなければならない。
そのように戦略の策定と推進をリードする際に、もうひとつ、社長にしかできない仕事がある。それは、ダイレクトなメッセージよる人々の触発や行動喚起だ。経営目標に向けた従業員のパフォーマンスマネジメントとは、ビジョンや方針を提示し、モチベーションを高め、方針に沿ったあるべき行動発揮を促し、成果を出させることである。グローバル標準の人的資本管理の言い方でいえば、「Engage & Align」。これは、ヒエラルキー組織のなかでマネジャーが担うべき役割だが、ときにそれだけでは充分ではない。社長が、人々への行動要請の意味と意義と覚悟を、自分の言葉で人々に直に語りかけることがあってはじめて、人々は強くエンゲージされアラインされるのだ。
そのことを自覚していない社長は、意外に多い。確かに、たくさんの人を動かす仕組みが組成され、マネジャーたちがタスクと人をマネジメントし、階層化・分業化された統制がされるのが組織である以上、現場のパフォーマンスマネジメントは現場に任せるしかないし、任せるべきである、ということは正しい。しかし、顔の見えない、雲の上の人が率いるのであっては、戦略遂行に画竜点睛を欠く。社長の顔、つまり、経営者としての意思と覚悟が全社員に見えることが、エンゲージメントの前提になるのだ。
社長が社員たちに直接語りかける場をどれだけ持つか。さまざまな階層別の会合への参加はもちろん、若手研修の冒頭メッセージ、車座セッションの全国行脚といったイベントを「コミュニケ―ション戦略として」、かつ「社長自身の意思をもって」、組み上げ、その実行に大量時間投下することもまた、きわめて重要な社長の仕事なのである。
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