褒めれば伸びるか
成功体験が人を成長させる、ということは、ほとんどすべての人が知っている原理である。だから、幼児に対して、「あーひとりで靴下はけたねー、○○ちゃんえらいねー」と誰しも申し合わせたかのように、こぞって声をかけるのだ。原理だから大人でも通用するはずと、部下にむかって、「○○さん、よくやった。さすがたいしたものだ」と褒めれば伸びるか、というとコトはそう単純ではない。無理して褒めたばかりに勘違いした部下を生み出してしまうかもしれない。部下を成長させるには、褒めたあとのもう一押しがいる。
幼児の場合、褒められることにより、自分で「できた」という事態を強く認識し、その繰り返しが自己効力感の醸成につながるのだが、大人はそれだけでは充分ではない。自他の違いがやっと分かってきたくらいの幼児とちがって、大人はすでに社会的存在(=関係の中で生きる存在)だからである。ゆえに、一個人としての学習の原動力である自己効力感よりも、関係の中で自分が何をなしえたかの発見こそが成長のエンジンとなる。成果の意味のフィードバック、つまり、なしえたことの価値をわからせるという後押しが必要になる。
会社の一員たる大人の成長にとって、もっとも大事なことは、自分の成し遂げた成果の「意味」を知ることだ。自分の業務遂行上の意味はもちろんだが、職場や同僚にとっての意味、会社にとっての意味、ひいては社会全体にとってどういう意味を持つか、それを知ることで、自身の価値を発見する。同時に、それを成しえた能力を自覚できるから、さらなる成長に向け新たなチャレンジにも臨める。で、次の目標を定め、成果を出し、その意味を知りさらなる価値を発見するというサイクルこそが、シンプルにして唯一の人間成長の原理なのである。
このサイクル、経営心理学で「心理的成功体験連鎖」と呼ぶモデルとかつて教えられた。図式的に言えば、①能力の確認→②目標の設定→③目標の達成→④価値の発見→①能力の確認→……という4フェイズの循環サイクル。すぐにわかるように、これは本来のMBOに他ならない。MBOの本義は、組織目標の達成というゴールよりも、自律的な業務遂行と業務を通じての人間成長というプロセスこそを狙いとした方法論であり、だからこそ、ストレッチした目標設定や本人の主体的意思やフィードバックの重要性が強調されるのだ。
自分の価値の発見とは、ことばを換えていえば、成長実感ということである。よくエンゲージメントサーベイでは、「仕事を通じての成長実感」の項目がカギとなることが指摘されるが、その向上策は、個々人の感じ方やレベル観がちがうから打ち手が定まらないことも多い。
成長実感を高めることでエンゲージメントレベルをあげたいのであれば、まずやるべきは、自社の人材育成施策全般を「心理的成功体験連鎖」の観点で検証することだ。業務アサインと育成のしくみとして、加えてマネジャーの部下育成スキルとして、このサイクルが埋め込まれているかどうかをチェックすることである。しくみという意味では、さきにあげたMBOもそうだし、たとえばトレンドワードであるタレントマネジメントを、個々のタレントの確実な成長システムとして具現化できているかという話であり、マネジャースキルという意味では、この成長メカニズムを踏まえた部下コミュニケーションが浸透できているかという話である。
さて、部下の成果の意味をわからせよ、と冒頭書いたが、上司が唐突に、一方的にそんな話を部下にしてもダメなのだ。大事なことは、たとえば入社間もない社員が「ワタシ、なんか成長したかも、、、」と自分で気づき始めたタイミングで、すかさず、「君はようやく組織の一員っぽくなってきたな。だって言われなくても周りをよく見て、自分のやるべきことをちゃんとやれるようになっている。次は○○○○できるようになることだな」とはっきりと言葉にして、上司の眼からみた解釈をフィードバックすることだ。
もっとも効果的な意味づけは、自分でもストレッチできたかなという思うところにミートして指摘する(=褒める)ことであり、これもまた褒めて伸ばす秘訣なのである。
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