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column

明治政府と武士の決意

 AI等、テクノロジーの進化をはじめ、社会の大きな変化に応じ、従来の職業の価値が低下していく可能性について、関心が寄せられている。“将来、なくなる職業ランキング”といった記事さえも、数多く、散見されるようになった。また、数年前から、大手テレビ局の男性アナウンサーの退職が続いている事がニュースにもなっていたが、花形と言われる職業であった、男性アナウンサーであっても、将来は安泰でなく、新たな価値提供の場を求めていかねばならない状況が今、ここで進行している。

 

 外部環境の変化により、今まで、人気ランキングの上位に占めていた職業の価値が低下し、場合によっては、必要性さえもなくなってしまうと言われている事態は、今に始まった事ではなく、過去の時代においても、少なからずあった。その典型的なものは、明治維新後の“武士の廃業”がある。明治になって、封建制度の崩壊と共に、武士の俸禄はどんどん削減されていった。 さらには、“数年分の俸禄を支払うので、武士をやめなさい”という、今でいう早期退職制度のようなものさえ導入され、そうした状況の中で、武士たちは、明治政府に抵抗を示しながら、止むを得ず、新しいキャリアを模索していった。

 

 そうした武士たちの、主たる“転職先”は、官僚や軍人への転身だった。明治政府は、多数の旧武士を官僚や軍隊として受け入れたが、基本的に、能力の高い人を雇うという方針を持っていた。というか、能力の高い人材、実力がある人材しか、雇えなかった。明治政府は、人材も金もない中で、欧米列強と向き合いながら、早急に統治機能高めるためには、古い体制の継続を声高に主張するような人材や、家柄がよかろうとも、仕事のできない人材までを抱えていく意図も余裕もなかった。身分・家柄を問わず実力のある人材を優先的に登用していくしかなかった。

 

 一方、官僚や軍人として、登用されなかった武士たちは、新たな世界へと転身した。その一つは、教育者だった。武士は、読み書きや武道など、多くの知識や技能を持っていたため、教師や道場の指導者になった。今まで身に着けてきた知識やスキルが活用できる他の職種を選んだケースだ。これは、社会が変化する前から、自身で高い教養やスキルを保有していて、それを活かしたキャリアチェンジを行ったケースと言える。明治以上に、目の前で活用されるテクノロジーや知識が、すぐに陳腐化する現代においては、日頃から、専門的領域より、自然科学のような、より広範でベーシックな教養や知識、技術を高めておくことは、より重要な事なのかもしれない。

 

 また、明治時代になると、日本は急速に近代化、工業化が進み、新しい経済機会を求めて、商工業における事業を始める者もいた。今風に言えば、新たに生まれた産業やベンチャー企業で、大きな可能性を求めて、起業をするケースだ。今まで生きてきた中でのなじみのある世界で、生きていくより、いっそ、この機に、新しい世界に飛び込んで、大暴れしてやろう!意気込み、優れた起業家や事業化として、その後の日本社会に貢献した元武士たちも、少なからずいたことだろう。

 

 以上、明治維新における武士の対応は、①新しい時代に即した従来と同様の職種でのバージョンアップ(官僚や軍人への転身)、②自身の保有する能力・スキルの提供者(教育者)、③新時代に生まれた産業、職業へのチャレンジ(新規事業家)という道を選んでいった。明治維新をきっかけとして、武士たちは、本当に目指すべき自身の生き方やキャリアを見つめなおし、新たな道に進んで行ったことで、結果として、強制的ともいえる日本の労働力のシャッフルが行われ、結果、人材の最適配置が進んだ事は、その後、明治日本の躍進の原動力の一つであったことは間違いないであろう。

 

 また、明治政府が、過去のしがらみや温情ではなく、高い能力を持つ人材を官僚や武士として採用することで、その後の欧米列強からの侵略を防げたことを思うに、企業が、これからの時代に求める能力やスキルを明確に再定義し、実力主義の登用を今まで以上に促進することができるか否かが、これからの日本社会の行く末を決めることになるだろう。日経平均株価が、高値を更新し、失われた30年から脱却し、ようやく新しいステージが見え始めた日本経済が、このまま成長軌道に乗っていけるのか、企業にとっても、人材にとっても、このチャレンジは避けられないものだ。

 

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