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column

「歩く」ことと「踊る」こと(続編)

 「その仕事の目的をどう考えている?」という言葉を、皆さんは上司から問われたことがあるだろう。とかく「やらされ感」に苛まれ、「仕事を片付ける」感覚になりやすい部下に対して、この質問は有効である。視座を高め、視野を広めることで、いままで以上のアウトプット水準を生み出すこともあるし、付加価値が生まれることもある。

 「部下に考えさせる」と言う意味では、仕事の目的を問う質問は有効であるが、一方で「目的ってそもそもどんなことなんですかね?」という疑念や戸惑いをも生み出しもする。なぜなら、この言葉で上司から語られることは、しばしば矛盾しているようにさえ感じられるからである。あるときは、できるだけ周囲の期待に応えることが究極の目的だと言い、あるときは自身の充実感や成長実感に結びつくことが究極の目的だという。これらは簡単には両立しないが、この質問を投げかけた当の上司でさえも、きちんと整理されないまま、放置されているのではないか。「目的」ということに、実はまともに向き合ってこなかった、ということである。

 フランスの詩人ポール・ヴァレリーは、人の行為には二つの別様のあり方があるという。「歩く」という行為のなかまと、「踊る」という行為のなかまである。「歩く」のは、何か目的地があってこれを達成するために「歩く」のだが、「踊る」のは別に他に目的が設定されているわけではなく、当人において「踊ることそのもの」が目的である。やっかいなことに、仕事という行為は、そのどちらにも関わるものらしい。仕事の目的について、最終的には「関与者や周囲に役立つことが重要」と捉える「歩く」仕事姿勢と、「自分が充実感や成長実感を得られることが重要」と捉える「踊る」仕事姿勢が併存する。これらは矛盾しているように見えるため、一層部下を戸惑わせる。そこで改めて、この別様の仕事のあり方を、どう捉えなおし、整理するか、ということが論点となる。

 まず、個人の内面的な目的が、社会的な目的よりも優れていると考えるマズローのようなストーリーも、個人の内面的な目的よりも社会的な目的のほうが優れていると考える和辻哲郎のようなストーリーも、何かやっぱり違っているのだろう。マズローのように、究極の目的は個人の内面にあるとも断言できないし、和辻哲郎のように究極の目的は社会的なものである、とも言い切れないのである。それらは、同じ一つの階梯の上段と下段のようには位置づけられないものなのだろう。あくまで二つの異なる観点があるのだ、とひとまず捉えられるべきであろう。

 もし仕事の目的として、個人の内面的な側面を重視しすぎると、「自己満足ではないか」とのそしりを免れないであろう。そのような姿勢は、少なくとも組織としての活動と馴染みが悪い。企業人であれば「もういっそ個人事業主としていかがですか」と皮肉られてしまうかもしれない。他人を考慮しない仕事は、やはり虚しい。一方で、仕事の目的として社会的な側面を重視しすぎると、「あなたの意思とは何ですか?」「あなたの主体性とは何ですか?」と聞かれてしまうかもしれない。企業人ならば「いっそボランティアでもどうでしょうか」と皮肉られてしまうかもしれない。他人のためだけになされる仕事もまた虚しい。

 しばしば反対方向を向いて分裂しそうになる「仕事の目的」を、いかに統合し、一致させ、結びつけるかが、この議論の肝になるのではなかろうか。すなわち、社会に求められ役に立つことと、自らの関心や成長実感に関わることを、うまく結び付けられるかどうか、ということである。これは簡単なことではない。自分の関心事と、社会から求められる要請が、一致するとは限らない。しかしそこにブリッジをかけ、一筋のシナリオやストーリーを紡ぎだせるかどうかが、鍵を握っていることになる。

 例えば、安心安全な生活の保障が第一だと考える従業員に、イノベーティブなプロダクトの開発を任せることになった場合、どちらかに偏ってしまったら、当然これはうまくいかない。「実はチャレンジのないところには、真の安心・安全はないのだし、守ろうとする姿勢では返っていまの地位さえ失いやすいだろう。イノベーティブな攻撃姿勢こそが、今の状況を守る最大の方法なのだ」というような説得やコミュニケーションができるかどうか。社会貢献を重視するあまり、採算や利益に無頓着な従業員がいれば、「社会貢献もまた、組織や自身に利益を生み出し再生産されるからこそ取り組みを継続できるのだ」とする説得やコミュニケーションができるかどうか。それらは綱渡りめいたレトリック展開になるかもしれないし、薄氷を踏むようなきわどさの中で何とか歩を進めるということになるかもしれない。しかしうまくいけば、乖離しバラバラになりそうな多様な目的をリンケージし、向きを揃えてやることで、仕事の目的を強化し、意欲や成果の向上に寄与できるかもしれない。

 

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