描写
3年ほど前ある情報システムの企業に訪問しました。訪問したタイミングは新しい人事制度を導入した1年後くらいでした。制度を導入したのですが、効果が実感できないということです。
この企業は顧客からシステム開発を受注する企業であり、業績は大きな成長はないものの、大口の顧客からの安定した受注で堅調でした。しかし新任の社長はより高い成長を目指す方針で、既存の顧客だけでなく、新しい顧客の開拓に力を注ぐということになったそうです。既存の顧客に対するシステム設計開発、運用のノウハウは、他の企業に対しても展開が可能なもので、十分に競合優位性があると判断しています。そのために“ソリューション営業部”という新設の部を設置して、新たな顧客開拓に着手しました。また長らく大口の顧客からの安定した受注があったため、社員の意識も、常に新しいビジネスチャンスを考え新たな顧客開拓を積極的に行うというものではありません。新社長はこの社内の雰囲気、風土、社員の意識を変えることが重要と考え、15年ぶりに人事制度の改定を進めたということです。
この企業の人事制度改革がうまくいかなかったのは、新しい人事制度が、実際の企業のビジネスモデルを忠実に“描写”していないことであると思われます。新たな制度は非常にきれいにできていました。人事の方針として、“新たなビジネスを自律的に創出する人材”を掲げ、“常に環境変化に対応してビジネスを本質的に考える”“失敗しても積極的にチャレンジする”という文言が並んでいます。
実際にこの企業ではビジネスのほとんど大半が、既存顧客からの受注であり、この顧客に対する安定したサービス提供に大半の社員が関与しています。確かに既存顧客に対しても、顧客リレーションを強化したり、周辺システムへの積極的な提案などを行えば、売上の伸長はあるかもしれませんが、それでもこのようなアカウントマネジメント的業務はほんの一部の社員しか関わりません。大半の社員にとって重要なのは、顧客に対し既存の得意分野で誠実、柔軟に対応するマインドやスキルなのです。新たな“ソリューション営業”は今までのビジネスのモデルとは大きく異なります。新たなサービスや新たな顧客を開拓するのは、現在のビジネスを安定して行うことと全く異なるマインドやスキルが求められますが、全体としてはほんの一部なのです。
単純に言えばほんの少数の社員に対する意識や能力の在り方を、全体の人事制度の中心に据えたことが、実態と合わない制度となってしまった最大の原因でした。既存のビジネスを担当している社員に対して、“失敗を恐れずにチャレンジ”であるとか“常に新しいビジネスの創造”、“自律的に行動している”という評価をしようとしても、まったく現実とかけ離れているということです。大半の社員にとっては、失敗は致命的ですし、新しいビジネスネタを探すのではなく目の前のサービスに注力するべきですし、過度に“自律的”である必要はないのです。実態と遊離した考え方で処遇されることに構造的な問題があるのです。
人事制度で美辞麗句が並んでいるものには、現実と遊離しているコンセプト先行で作られているものが多いと感じます。経営の実態を描写することが基本であるということが重要ということです。
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