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column

沈黙のインタビュアー

 若い頃、ビジネス誌の記者をやったことがある。日々、多種多様な企業関係者への取材、つまり話を聞くことが仕事だった。話すほうも誇らしいような出来事なら、気持ちの良いインタビューとなるわけだが、時には話したくないことを無理やり聞き出さなければならないことがある。

 例えば、極秘に進めたい提携や買収の真偽や進捗、あるいは不祥事など、隠しておきたいことだからこそ、こちらとしては記事にしたい。でも当事者は絶対に口にしたくない。そこでさまざまなインタビューのワザが駆使されることになる。

 Aという会社が、異業種のB社を買収しようとしているらしい。それを推察しうる情報はいろいろつかんだが、この段階で記事してしまってよいものか。確証がほしい。そのために、まずは、まったく関係のないテーマでA社の社長にインタビューを申し込む。もちろんそのテーマは同社にとって広報的にメリットあるものをしつらえるから、取材OKとなる。

 さて、つつがなくインタビューが終了する。ありがとうございました、と言って、テープレコーダーのスイッチをカチッと切る。一呼吸おいて、世間話のように社長にこう投げかける。

「そういえば、B社の買収はもうすみました?」
「いや、まだ、だけど、、、」

 さすがに社長はすぐ口をつぐんだけれども、しっかりと確認ができた。翌日には、買収スクープ記事が紙面をかざったのだった。

 こうした「不意の問い」は常套手段で、業界トップが集うパーティがあれば、カメラマンを連れて潜入し、撮影のお願いをしながら、「英国X社との提携は調印された・・・」「Y社の株式はどれくらい取得され・・・」「例の係争について次はどんな・・・」などと囁いたりしたものだった。もちろん胸にはピンマイクを潜ませて。

 しかし、この方法は騙し打ちめいた荒技で、さすがに行儀のよいものではない。やはり正攻法は、話したくないその問題を堂々と問い、答えを得ることである。その原理は、意外と単純なもので、ひたすら「WHY?」と問い続けるのだ。クレバーで論理的な人物ほど、これには弱い。真実を隠そうとして理屈に合わないことを言い続けるのは苦しくてできないのだ。

 そして最大のポイントは、「WHY?」と問うたら、その後沈黙することである。聞かれたほうは、すぐに答えられない(=答えてはまずい)から一瞬黙る。それをこちらも黙ってじっと待つのだ。決して言葉を重ねたり、問いを言い変えてはいけない。ただただ黙って待つ。多くの人は沈黙が我慢できずに、なんらか口にしてしまう。その言葉に対して、さらに「WHY?」を問えばよいのだ。とくにこの「沈黙のインタビュアー」は、電話取材でパフォーマンスを最大限に発揮する。電話での沈黙に耐えられる人はまずいないからである。

 たとえば、取材先から記事に関する抗議の電話がかかってきたとする。「なんだあの記事は!? 大迷惑だ!」との怒りの声に対して、何はともあれまずは、録音ON。丁重に聞きつつも「WHY?」と「沈黙」をフルに駆使する。なぜ、どのように、困るかを聞いていけば、おのずと、そこから新しい情報が聞き出せるのだ。しかも抗議だから言い募りがちで、沈黙という呼び水がひときわ効く。で、その情報をもとに、首尾よく、また記事にするといった具合である。

 「WHY?」と問う有効性は、質問技法としてよく知られる。顧客との営業局面でも部下との評価面談で役立つものだ。加えて、沈黙のインタビュアーに扮すると、さらに効果的な場合もあるからワザとして覚えておいて損はない。ただその場合、注意すべきは、その人が今ここで「インタビューに応じる」あるいは「なにか話をする」ということ自体が、前提として合意されていなければならないということだ。

 当たり前だが、電話セールスでいきなり架電してきた側が、「え、ご興味ない? なぜですか?」とかいって沈黙してたら、ただちに電話切られるに決まっている。忙しい上司を捕まえて、何かを聞き出そうとするときも、もちろん、やめたほうがいい。

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