諸刃の書物
人は、
本を読まねば
サルである。
こんな出版社の広告コピーを見たことがある。本に書いてあることなんか役に立たない、仕事で大事なことは実践の中で学んでいくものなのだ、とうそぶくビジネスピープルは少なくないが、そんなことはない。本を読むことは、ビジネス以前に、人が人であるために必要な行為だとの挑発的メッセージだった。
優秀なビジネス“ピープル”であるためには、とにかくまず本を読め。そんなしつらえの研修事例をご紹介したい。経営幹部育成の1年間にわたる連続研修なのだが、ひたすら読書を強制する。2か月に一度、経営に関する名著を読ませる。それも、よくある解説本や要約、抄訳ではなく、原著の翻訳、ハードカバー厚さ5センチという重量級本ばかり。
書籍を読むのが事前課題。その理解度確認テストを行い個別成績把握、集合して関連テーマのケーススタディ、終われば実務につなぐ事後課題を提出して1クール。マネジメントや戦略、ファイナンスなど6領域=6クール6冊の本を読むというシンプルな形式だ。全員幹部候補者だから、繁忙である。その中で読みにくい専門書を読まねばならない苦行に悲鳴をあげながらも、やりきった。もちろん、人による明暗、メリハリでるけれども、終われば、実践に役立つとの声が大半だった。
単に知識をうるのではなく、自分なりの、自分の仕事やその将来を踏まえての、「解釈」ができたからだ。著名な著者のマネジメント論や戦略論、リーダーシップ論を真正面から読み込み、事例をもって考え、自身の仕事に引き付ける。そのことによって、自分の業務や役割や自分なりの今まで我流でやってきた方法の「意味」がわかる。知識を得るだけの「子供の学習」ではない、きっちりとした「大人の学習」ということである。
大事なのは、知識獲得ではなく書物を相手どった格闘を通じて自分の考えを整理し深め意味付けることだ。逆に言えば、知識習得にはあまり意味がない。バベルの図書館主たる盲目の作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、多くの道具がひとの身体の一部を拡張延長するものーー望遠鏡や顕微鏡は眼の拡大であり、電話は声の、鋤や剣は腕の延長されたものーーしかし書物は、記憶と想像力が拡大延長されたものだといった。
記憶=知識だとすれば、想像力の拡大も含めてこそ、読書の効用なのである。イマジネーションが拡大されるから、解釈ができ意味付けができる。だから、知識だけを獲得すべく本を読むのだったら、それは書物の価値の一部に過ぎず、むしろ余計な知識は邪魔になるかもしれない。中世ヨーロッパのある神学者は、こんなことを言っている。
無知の人の手に書物をゆだねるのは、
子供に剣を持たせるのと同じく
危険なことである。
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