組織の共通言語と多様性の二兎を追うには
ある会社で、採用面接に来られた方が、志望動機として「ホームページに親近感を感じたから」と言った。自分の専門領域で日ごろ使っているキーワードと会社のそれの共通性が高かったのだという。ある程度の専門性を前提として、さまざまな会社を見比べて、業務の考え方や価値観に相通ずるものやリスペクトを感じた、というのは、立派な志望動機になろう。「共通言語」が通じるということだから。
会社や組織における共通言語とは、一緒に働く人々の間で共有されている用語、ナレッジ、さらには規範やものの考え方などを指す。共通言語が成立している職場では、仲間どうしの相互理解は早く正確になるし、分かり合えないストレスは軽減されるので、効果的効率的に協働しやすい。有名なところではトヨタ自動車の「問題解決」や、仕事の手順書、バリューやクレドなど、さまざまな共通言語の形態がある。
共通言語の促進に慎重な企業もある。ある研究開発企業は、さまざまな共通言語の手法・事例を研究した上で、「わが社がもっとも重要視する自由な発想を妨げる」という理由で検討を止めた。悩ましいのは、多くの業界で既存プレイヤーの再編・規模化が進むなかで、組織がどんどん大きくなっている。共通言語経営で組織力を強化することと、自律性・多様性の二兎をどう追えばよいかが、人・組織の運営方針として重要命題になっているのだ。
ここで現実の言語政策にヒントを求めてみたい。
24の公用語と60の少数民族・地域言語が存在すると言われるEUでは、言語を文化的資産と捉え、話者数に関わらず等しく価値を認め尊重する「多言語主義」を取っている。さまざまな公文書は少なくとも一部は全公用語に翻訳され、言語アクセスを保証しているという。加えて、言語政策として、母語に加えて少なくとも二つの外国語(EU諸国で使用されている言語)を幼少期から学ぶべきだという指針のもと、「多言語教育」を推進している(「駐日欧州連合代表部公式ウェブマガジンEUMAG」より)。多大なコストを払い、多大な投資を行って、公用語を持つメリットと、さまざまな言語のもたらす歴史・文化的な豊かさの両方を追及している。
このような多言語主義の考えを組織運営に当てはめてみると、社内のプラットフォームとして共通のツールや価値観を共通言語として推進する意味はあるものの、それだけでは多様性が失われる懸念がある。組織運営においても「多言語教育」に当たるものが必要だろう。社員一人一人が多様なバックグラウンド、仕事以外の領域の知見・視点を、共通言語のアップデートに活かしてもらうこと。さまざまなやり方があるだろうが、EUの多言語政策と同様に、投資や仕組みが必要だ。
おりしも、多くの企業で、リスキリング促進の流れを受けて、副業や学びのための休職といった組織外の活動が奨励され始めている。組織の統合と、社員の多様性を両立させていくための道具立ては少しずつ揃い始めている。
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