投稿日:2024.12.02 最終更新日:2024.12.02
宿泊業の人的資本ROI
~苛烈化する競争で求められる次代の人材とは~
当連載では、人的資本の重要指標として「人的資本ROI」の計算法、解釈と業界別分析を行っています。末尾の関連記事と併せてご覧ください。同じ業界であっても商材や経営戦略・ビジネスモデルが異なれば、当然、人的資本ROIの水準にも差が出ますが、一般的な業界水準の理解や、動向の把握が重要です。
今回は、直近10年分の宿泊業の人的資本ROIを資本金規模別に見ていきます。コロナ終息後、日本人気の高まりや円安の影響で、再びインバウンド観光客は増加しています。銀座や富士山、京都など、日本各地で連日多くの観光客を見かけるようになりました。
一口に宿泊業といっても、宿泊に特化したホテルチェーンもあれば、レストランや結婚式場を併設したフルサービスホテル、温泉旅館など様々です。施設のグレードや業態も、かなり多様化しています。図表1は、宿泊業の業界マップです。同一規模の企業であっても、保有する施設や所在地、ターゲットによって、事業戦略がまったく異なります。
[図表1]宿泊業 業界マップ
関連書籍から筆者作成
図表2は、宿泊業の資本金規模別の2013年以降の人的資本ROIの推移です。
[図表2] 業種別人的資本ROI推移
出典:法人企業統計調査 時系列データを基に筆者計算
※計算式:人的資本ROI={売上高ー(原価+販管費ー(給与+福利厚生費))}÷(給与+福利厚生費)ー1
資本金規模や年度により大小がありますが、俯瞰で見ると、コロナ禍の2019年まではおおよそ1~3割前後の水準で推移しています。一般的に宿泊業は人件費率が収益に対して高い業種なので、人的資本ROIは低水準であることがわかります。その後2020年のコロナウイルスの蔓延により、人の流れが止まり、宿泊業は深刻な影響を受けたため、人的資本ROIは大きく低下しました。
資本金規模による比較の観点では、2013年・2014年までは規模の経済が働き、資本金規模が大きい程リターンが大きくなる傾向がみられました。その後2016年・2017年においては、宿泊業(1億円未満)が宿泊業(1-10億円)を上回っています。コロナの影響を強く受けはじめた、2019年終盤から2022年には、規模が小さいほど人的資本ROIの減少幅は小さい傾向があります。
旅館・ホテルの市場規模は、2023年度4.9兆円であり、2024年度も過去最高を更新する可能性があります。宿泊業は成長産業の1つといえるでしょう。ただ、国内の一等立地には外資系ホテルの参入が進んでいます。これらのホテルグループは、高付加価値サービスで、インバウンド需要を取り込んでいくと思われます。
もともと日本の宿泊業は市場規模に対して施設数が多いため、競争が非常に激しい業界であり、今後ますます差別化が求められます。立地面やハード面において優位性に欠ける場合、例えば地方の中堅ビジネスホテルや老舗温泉旅館は、どのような戦略を立てるべきでしょうか。個社で戦うのではなく、施設所在地の地域全体の競争力を高められるよう、エリアのさまざまな事業者とバリューチェーン・機能を連携・統合し、顧客シェアを高めることが有効と考えます。そのためには、マーケティング戦略をたて、DMO(Destination Management Organization)や地域商社、OTA(Online Travel Agent)と連携・提携をとりつけることができるような人材を獲得する必要があるでしょう。
宿泊業においては、ホスピタリティ人材を重視した人事制度では、新たな事業を推進していく高度専門人材や経営人材を獲得し、活躍・定着を図ることは難しい可能性があります。持続的な成長のためには、事業戦略に応じた人材のポートフォリオを明確にする、戦略を実現するための組織文化を醸成するなど、さらなる人的投資とそのストーリーが求められるでしょう。
以上
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