投稿日:2024.12.16 最終更新日:2024.12.16
製造業の人的資本ROI
~トップは11年間平均80%、広がる業種間の差~
当連載では、人的資本の重要指標として「人的資本ROI」の計算法、解釈と業界別分析を行っています。末尾の関連記事と併せてご覧ください。同じ業界であっても商材や経営戦略・ビジネスモデルが異なれば、当然、人的資本ROIの水準にも差が出ますが、一般的な業界水準の理解や、動向の把握が重要です。
今回は製造業に絞って人的資本投資利益率(ROI)の特徴を解説します。人的資本ROIは収益構造やビジネスモデルにより水準が大きく異なるため、一概にどの水準であれば良いとは言いきれませんが、外部水準と比較して自社がどの水準にあるかや、自社の指標の推移を確認しておくことには意味があるでしょう。
ここでは資本金1億円以上規模の製造業全体と製造業の内、食品製造業・化学工業・電気機械器具製造業・情報通信機械器具製造業・金属製品製造業について、過去11年分のデータを比較します。
図表1は人的資本ROIの推移を示しています。(凡例の括弧内は11年間の平均値)
2018年からの米中貿易摩擦や2020年の新型コロナウイルス流行、半導体不足、2022年からのロシアによるウクライナ侵攻によるサプライチェーンや物流ネットワークの混乱、等による製造業全体の利益減少の影響は見られるものの、図中の全業種で2013年と比べ2023年の人的資本ROIは上昇しています。
最もROIが高いのは化学工業(11年間の人的資本ROI平均80%)です。食品製造業(同43%)は製造業全体(同44%)と同水準、電気機械器具製造業(同34%)・情報通信機械器具製造業(同32%)・金属製品製造業(同28%)は製造業全体より低い水準です。
[図表1]資本金1億円以上規模の製造業および製造業に含まれる一部産業の人的資本ROI
出典:財務省「法人企業統計調査」を基に筆者計算
※計算式:人的資本ROI={売上高ー(原価+販管費ー(給与+福利厚生費))}÷(給与+福利厚生費)ー1
人的資本ROIは人件費投資に対するリターンを示す指標ですが、社員一人当たりが生み出した付加価値の指標である労働生産性と一緒に分析することも有効です。図表2は労働生産性の推移です。
[図表2] 資本金1億円以上規模の製造業および製造業に含まれる一部産業の労働生産性
出典:財務省「法人企業統計調査」
※ 労働生産性=付加価値額÷従業員数
5業種の人的資本ROIと労働生産性を製造業全体と比較すると以下の4パターンに分類できます。
- 化学工業(人的資本ROI:同等以上×労働生産性:同等以上)
製造業全体と比較して、人的資本ROIと労働生産性のどちらも高い水準であることから、人件費の投資効率が良く、少ない人数で高い付加価値を創出していると言えます。 -
電気機械器具製造業・情報通信機械器具製造業(人的資本ROI:低い×労働生産性:同等以上)
製造業全体と比較して、労働生産性は同等以上であることから少ない人数で付加価値を生み出していると言えるものの、人的資本ROIは低いことから人件費投資効率に改善の余地があると考えられます。 -
食料品製造業(人的資本ROI:同等以上×労働生産性:低い)
製造業全体と比較して、人的資本ROIは同水準であることから人件費投資に対する一定のリターンは得られているものの、労働生産性が低いことから人員が余剰していると言えます。 - 金属製品製造業(人的資本ROI:低い×労働生産性:低い)
製造業全体と比較して、人的資本ROIと労働生産性のどちらも低い水準であることから、人件費投資効率に課題があり、人員も余剰していると言えます。
今回は人的資本ROIと労働生産性を比較しましたが、他にも設備や人材への投資の指標として、労働装備率(社員一人当たりの有形固定資産)や無形資産ソフトウェア、研究開発費、一人当たり人件費を比較することも意味があるでしょう。自社の方針と関連する指標を定め、モニタリングしていくことが重要です。
以上
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